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AIだけでは届かない領域へ::田村が語る、物理シミュレーションで拓く酵素設計の最前線(社員インタビュー)

はじめに

本記事は、弊社のnote2024年11月に掲載されたインタビュー記事を、より多くの方にご覧いただけるよう、当テックブログに転載したものです。内容は掲載当時のものとなります。

本文

ーー普段のお仕事内容について教えてください。

入社から今に至るまで、スパコンで有用酵素のスクリーニングを行うシステムの開発に従事しています。
酵素は生物の遺伝子から作られるわけですが、この『酵素の遺伝子』が実は公共のデータベースにたくさん登録されていて、digzymeではこの公共のデータベースから遺伝子をスクリーニングしているので、そのシステムの開発ですね。

ーー『スクリーニング』について、具体的にどのようなことをしているか伺っても良いですか?

DRYにおけるスクリーニングというのは、遺伝子がどういう機能を持っていて、それがどれくらいの性能なのかということを計算機のなかで評価することです。
昔からあるWETのスクリーニングの手法では、例えば土の中や温泉などから微生物を採取し、この微生物が持っている遺伝子を抽出します。
次に、この抽出した遺伝子をもとにした実験にて、
酵素を試験管の中で作り、その性質を調べるということをするんですけれど、全工程が人間の手作業なので、ものすごく時間がかかります。

世の中で活躍している酵素は、偶然に見つかったものがほとんど。 偶然を待つしかないということは、開発コストも高い。これが、酵素開発における長年の課題でした。

ーー気が遠くなるような時間を要することになりそうです・・・

ですね。digzymeはこの部分を、公共のデータベースから計算機で探す、という手法に丸々置き換えているので、スピードが速いのはもちろん探せる範囲もマンパワーより桁違いに広いのが特徴です。

ーー教えていただきありがとうございます。田村さんはそのなかでも特に、酵素の立体構造情報を用いた解析部分をご担当されているんですよね?

そうです。データベースに登録されている遺伝子というのは、アミノ酸配列の『文字のデータ』です。
この『文字のデータ』の解析が一番上流にあるのですが、分子系統樹を用いた系統解析などを行いますので、そこは主に、分子生物学・分子進化学が専門の鈴木彦有さんがご担当です。
その後、選ばれてきたアミノ酸配列を、実際に酵素の三次元構造に落とし込んでの解析をします。
この三次元構造からわかることが結構あるんですけど、その部分を自分は担当しています。

ーー『文字のデータ』であるアミノ酸配列を、どのように立体構造にしているのでしょうか?

Google DeepMindが開発したAlphaFoldが非常に革新的なので使用しています。

ーーAlphaFold。先日ノーベル賞も受賞していましたね。(※2024年のノーベル化学賞。AlphaFoldの開発者であるデミス・ハサビスとジョン・ジャンパーが共同受賞した。)

はい。でも、自分がdigzymeに入社したときには、まだAlphaFoldを企業で使うことはできませんでした。なので、入社直後は主にホモロジーモデリングという昔からある手法を使っていました。これは、目的の酵素と似た酵素というのが配列の解析からある程度わかるので、似た酵素の構造から目的の酵素の構造を作るという方法です。

ーーなるほど。先ほど『革新的』とおっしゃっていましたが、AlphaFoldが導入されてからはお仕事上でもどんな進歩がありましたか?

とにかく精度が全然違います。自分の専門分野は『分子シミュレーション』といって分子について、計算機の中で物理シミュレーションを行い、どう動いているのかを解析するものですが、実際にこのシミュレーションを行ってみるとホモロジーモデリングで作った方の酵素はすぐに壊れてしまうんですね。

ーー壊れる?

はい。シミュレーション中、構造をムービーで眺めているのですが、そうすると勝手に崩壊していくんです。これは要するにモデルが悪いからなのですが、AlphaFoldのほうは結構しっかりとした構造をシミュレーションしていて、実際のモデルとして相当信頼できるものが計算終了後に吐き出されている。というわけで、digzymeでも構造解析をするときはAlphaFoldが必須になっています。
例えば各種酵素の耐熱性、有機溶媒耐性などのスコアの計算を物理シミュレーションを用いた解析で行っています。これによって、より高機能な酵素のライブラリを製造することが可能になります。

ーーなるほど。次は、田村さんのdigzymeご入社経緯を教えてください

化学専攻で 2016 年に博士号を取得後、神戸の理化学研究所でポスドクを5年経験し、その後の進路についてアカデミア・民間の両方を考慮していたところ、 digzyme にご縁があり、 2021 年 5 月に入社しました。ちなみに現在は完全リモートワークにて、神戸で働いています。

ーー大学時代はどんなことを研究されていたのですか?

理学部の化学専攻で、理論化学研究室というところに所属しており、そこでは主に物理のシミュレーションで分子の性質を計算機で予測しようという研究をしていました。当時も酵素について扱うことはありましたが、専門にしていたのは『トランスポーター』についてです。

ーートランスポーター?トランスポーター阻害剤などで名前は耳にしたことがありますが・・・。

はい。細胞って膜に囲まれていますよね?この細胞膜には、物質を通すためのトランスポーターというタンパク質が刺さっているのですけれど、その働きに関して研究していました。
トランスポーターはこういう形(図1)になっていて、細胞に刺さっています。例えば僕たちが食べ物を食べて摂取した栄養はそのままだと細胞膜を通過しません。

(図1.wikipediaより引用・https://en.wikipedia.org/wiki/Transport_protein)

このように栄養を外から取り込んだり、異物など不要なものを排出するのがトランスポーターなんですけれど取り込む時は上を向いていて、排出時は下を向いて、というようにパカパカ動くんです。
例えば、トランスポーターの形が取り込むときの型しかわかっていないときに、排出時の形はどうなっているんだろうなどということを解析していました。それがわかると、どうやって物質が輸送されるのかが詳細に分析できるので。

ーー非常に興味深い働きのタンパク質ですね!教えて頂きありがとうございます。その後、神戸の理化学研究所でポスドクになられたんですよね。

はい。理化学研究所は全国にあるのですが。国家プロジェクトとしてのスパコン開発のなかに地球シミュレーターという系譜があるんですれど・・・神戸にはスパコン『京』がありまして、これを用いてすごい計算をしましょう!という仕事の募集があったので、いくことにしました。

ーー「すごい計算」。内容が気になります。どのようなお仕事だったのでしょうか?

連携して研究をしていた実験家の方々の興味が『ヘムのトランスポーターについて』だったので、鉄を必要とする細菌が、どのように鉄を取り込むかということをテーマにしていました。
「ヘム」は中心に鉄を持っている物質で、その「ヘム」のトランスポーターがどういうふうに形を変えながら物質を輸送するのかということを、ずっと研究していました。当時、直接酵素を扱っていたわけではないですが、トランスポーターがタンパク質であるという部分は酵素とも共通しているので、ここで得られた様々な知見は、今もとても役に立っています。

ーーなるほど。詳しくありがとうございます。その後の進路について、アカデミア・民間の両方を考慮されたとのことでしたが最終的にdigzymeを選ばれた理由を教えて頂きたいです!

まず、アカデミア・民間の比較ですが、アカデミアだと様々なことに関して、自分で申請しなければならない項目が多いんですね。スパコンひとつ借りるにしても大変ですし、研究資金も自分で取ってこなければならない。
純粋に研究に没頭できたほうが良いなと感じていたので、では民間を選択しようとすると、自分が関わっている分子シミュレーションの就職先は主に二択くらいありまして。
創薬関係、もしくは材料関係ーー太陽電池の材料などーーになるのですが、digzymeの「酵素」はこのふたつのどちらでもないところが突出しているなあと。
自分も結構ひねくれているところがあるので(笑)普通じゃないところに行きたいなということで、
digzymeに応募するに至りました。

ーーそうだったんですね!(笑)確かにdigzymeは普通じゃないところが沢山ある会社です...そんな環境で実際に働いている今、どんなところが楽しい・やりがいを感じますか?

自分は現在急速に発展している AI 技術とはある意味対極の技術である物理シミュレーションを主軸に研究を進めてきたのですが、その技術が AI が苦手な領域で案外活躍できるのでやっててよかったなと感じています。

ーーAI技術と物理シミュレーションは「対極の技術」なのですか?

はい。AIは、まず沢山のデータをAIに食べさせますよね。その後、そのデータに共通する法則を抜き出してきます。
対して物理シミュレーションは、まず『自然法則』が与えられていて、
そこからどのような挙動を示すかというデータが出てくる。つまり方向性がAI技術とは真逆なんですよね。

ーーAIは物理的なことから何かを判断している部分は無いのでしょうか?

議論はさまざまあるようですが。AIはデータから法則を抜き出すだけなので、物理を理解しているわけではなさそうです。
例えば人間も、物理の法則を理解していなくても綺麗な絵は描けますよね。
それと同じことで、普遍的なものを抜き出しているだけのはずです。
この辺りは今(※インタビュー時)書いているテックブログに詳しく書いてありますので、更新されましたらご参照ください。(※更新されました!
『選抜した酵素から、高温でも壊れない、耐熱性の高い酵素を選びたい時に、AIよりも汎用的な技術として物理シミュレーションで耐熱性を評価しています』というネタで書いております。

ーーありがとうございます!テックブログ読んでみます!次の質問なのですが、仕事で苦労したことがあれば教えてください。

自分は化学系の人間なので、日々の議論の中で出てくる生物系の知識のほとんどはわからなくて苦労しています。学部で最低限のことは学んでおりますが、、、実際に試験管を振るような実験の話は毎回ポカーンとした顔で話を聞いています(笑)

ーー化学系と生物系って、そんなに重視するべきポイントが違うことが意外です。

同じバイオロジーといっても色々な階層があって、遺伝子レベルの話から、自分がやっているような分子レベルの話まで結構幅が広いんです。
自分は生物の中でも化学・・・ケミストリー寄りのところを専門としているので、例えば彦有さんがやっていらっしゃるような、色々な生物の名前が出てくるゲノムの話などになるとそこまで詳しく無いんです。
自分もdigzymeに入社してから気づいたんですけれど、逆に例えば、自分は酵素の構造を見て『ここはこうですね』みたいなことはわかるんですけど、バイオロジーをやっているからといって皆がそうではないんだなという意味で「そうなんだ!」ってびっくりしたこともあります。

ーーアミノ酸配列などをいろんな生物からとってきて、系統樹解析をすることでようやくわかることもあるし実際に構造に落とし込んで分子レベルにしてわかること、両方ある、、、ということですね。
もし、このあたりのご苦労に関して乗り越えられたキッカケがあれば教えてください。

乗り越えてはいないと思いますが、質問すればみなさん優しく答えてくださるので助かっています。

ーーdigzymeは、わからないことを教え合う環境が整っていますよね。
続いて次の質問なのですが、仕事をする上で大切にしていることも教えてください。

自分と相手の理解が一致していることを確認するようにしています。自分はリモートワークなので、特に注意が必要だと認識しています。

ーーなるほど。例えばなのですが、DRYの田村さんからWETの方に何かお願いする時など、どのようなところを気をつけていらっしゃいますか?

そうですね・・・DRYで遺伝子の候補を抽出してWETの方にパスする時に、
こういう理屈で酵素を選抜したので実験してみてください、というような部分も丁寧に説明するよう心がけています。

ーー教えていただきありがとうございます!
さて次にお聞きしたいのですが、田村さんは、今後どのようなことにチャレンジしたいですか?また、それは世の中をどう変えていきそうですか?

「永遠の化学物質」と呼ばれるPFAS のような、産業が排出してしまう有害物質の除去に興味があります。企業が社会に対して責任を果たすのが当然な社会になったらよいと思います。

ーーPFASは生物の中にも蓄積されてしまうそうですね。

はい。しかも、500〜1000℃というレベルの高温にしないと分解できないんです。ですが酵素を使うと、せいぜい100℃くらいのマイルドな条件で分解できる可能性があるんですね。事業になるかはわかりませんが、とても興味を持っています。喫緊の課題となれば、助成事業としても取り上げられる可能性もありますし。今後もし、事業活動を通じて叶う部分があれば嬉しいです。

ーー企業が社会に対して責任を果たすのが当然な社会。目指す未来像がとても素敵ですね。田村さん、ありがとうございました。

終わりに

▼オリジナル記事はこちら(note)
https://note.com/digzyme/n/n52575ed30c2a


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