Spotlightによる酵素変異体の活性予測精度を先行研究と比較

はじめに
事業開発部の礒崎です。弊社では酵素の活性や耐熱性などのプロパティを向上させる変異体を機械学習モデルを用いて提案するSpotlightというサービスを提供しています。様々な酵素を使って学習済みのモデルに、社内または社外から依頼を受けた目的の配列をインプットすることで活性などが向上する変異体を予測します。今回のtechblogではこのSpotlightの変異体の活性予測精度が先行研究と比較してどの程度なのか検証しました。
比較対象に使用した先行研究
Li et al., 2022では、酵素のアミノ酸配列と化合物を入力情報としてkcatを予測する機械学習モデルを構築していました。今回の比較ではこの機械学習モデルアルゴリズム(DLKcat)を用い、かつ、比較を平等にするためにSpotlightと同じ教師データであるBRENDAのkcat エントリーを使ってモデルを再構築しました。この再構築したDLKcatにより予測した変異体のkcatの値とSpotlightで予測したkcatの値のいずれが実測値とより近いか比較しました。今回使用したBRENDAのエントリーにはwild type (WT) と単変異体のみが含まれるように抽出し、変異1つに対する感度が2つのモデルでどれくらい違うかに注目して比較しました。
結果
1. BRENDAのkcat (=Turnover Number)のデータを用いた学習モデルの構築
BRENDAのkcatが記載されている変異体、そのWTの配列のエントリーおよびkcatを測定した化合物の情報を抽出し、これらを酵素ファミリーに偏りが生じないように、かつ、およそ教師データ:テストデータ= 3 : 1になるように分割しました。分割後の教師データではkcatが向上しているエントリーが3969、変化しないエントリーが2985、減少しているエントリーが8296でした(図1)。分割後のテストデータではkcatが向上しているエントリーが792、変化しないエントリーが748、減少しているエントリーが1926でした(図2)。


2. DLKcat・Spotlightで予測したkcatの変異体/WT比率の評価
抽出したBRENDAのエントリーの情報をDLKcatが要求する特徴量の形に変換し、教師データの中のkcatの実験値と合わせて学習モデルを構築しました。Spotlightでも同様にこれらのエントリーをSpotlightが要求する特徴量の形に変換して、kcatの実験値と合わせて学習モデルを構築しました(図3)。
DLKcatで予測した変異体のkcatとWTのkcatの比率は実測値と予測値の間でピアソン相関係数が0.18でした(図3)。DLKcatにおいて予測した変異体とWTのkcatの比率が実測値と良く相関しなかった理由は、DLKcatでは特徴量として配列の全長をベクトルに変換しているため1アミノ酸の違いが特徴量に現れづらくなっているからであると考えています。Spotlightで予測した変異体のkcatとWTのkcatの比率は実測値と予測値の間でピアソン相関係数が0.66でした(図3)。弊社のSpotlightでは特徴量に変異体としての性質を大きく反映できる工夫をしてあるため、単変異体のエントリーであってもWTからの1変異による変化を正確に予測することができています。

終わりに
弊社のSpotlight™では先行研究と比べて、単変異体というWTから1アミノ酸しか違わないようなケースでも、その変化を正確に反映してより実験値に近い値を予測可能であるということが明らかになりました。
謝辞
今回の酵素活性予測の精度比較には以下の論文のデータを利用させていただきました。
Li et al., (2022) Deep learning-based kcat prediction enables improved enzyme-constrained model reconstruction. Nature Catalysis.
人工的な合成経路探索
はじめに
事業開発部の礒崎です。弊社では酵素反応による原料から目的物までの人工的な合成ルート探索を行っています。目的物と原料の化合物構造データを入力するだけで、原料から目的物を合成する可能性のあるルート候補を出力します。本ブログでは、その具体例として高強度ポリマーの原材料となる化合物4-アミノ桂皮酸をグルコースから合成するルートを予測し、反応を担う酵素を予測した結果をご紹介します。
合成経路探索に使用した材料
Tateyama et al., 2016において、高強度のポリマーを生産するための原材料として4-アミノ桂皮酸を使用しています。この4-アミノ桂皮酸を合成するために使用された経路が図1です。グルコースを原料としてStreptomyces venezuelae 由来のAminodeoxychorismate synthase (PapA)とS. pristinaespiralis由来の Aminodeoxychorismate synthase (PapBC)を導入した大腸菌により4-アミノフェニルアラニンを生産させます。さらに、この4-アミノフェニルアラニンを原料としてRhodotorula glutinisのPhenylalanine ammonia-lyase (RgPAL)を導入した大腸菌に加えて、4-アミノ桂皮酸を生産させます。

結果
1. 生合成経路探索
原料をグルコース、生成物を4-アミノ桂皮酸として入力することで図1のような人工合成経路が出力されました。グルコースからコリスミ酸の既知合成経路と同一の経路が出力され、4−アミノフェニルアラニンを介して4-アミノ桂皮酸を合成する経路が出力されました。

2. 類似反応探索
結果1で見出した人工的な合成経路のうち、4-アミノフェニルアラニン→4-アミノ桂皮酸の類似反応を探索しました。
類似反応探索により、アミノ基を脱離し、二重結合を生成する反応が抽出されました。標的反応との反応類似度が高い類似反応の一部とその順位を図2に示しました。標的反応と完全に一致する反応を含む類似反応が抽出されました。

3. 類似反応該当酵素探索
結果2で標的反応の類似反応を抽出しました。この類似反応を担う酵素配列をtaxonごとに抽出しました。絞り込んだ配列と論文中で使用された酵素を比較しました。Rhodotorula属、Eukaryotaドメイン、全taxonの3段階で配列を抽出しました(表1)。抽出した配列には、論文で使用された配列と90%以上の配列相同性を示すものが含まれていました。

終わりに
本ブログでは人工的な合成経路の探索を実演しました。材料として高強度ポリマーの原材料となる化合物4-アミノ桂皮酸をグルコース から合成する人工的な経路を探索しました。この経路のうち、4-アミノフェニルアラニンから4-アミノ桂皮酸を合成する酵素を類似反応酵素探索技術を用いて見つけることができるか試しました。上記の反応に対して、任意のtaxonごとに配列を抽出し、それぞれの配列数を示しました。実際に論文で使っていた酵素に非常に近い配列を含む複数の配列を抽出することができました。
謝辞
今回の合成経路探索には以下の論文のデータを利用させていただきました。
Tateyama et al., (2016) Ultrastrong, Transparent Polytruxillamides Derived from Microbial Photodimers. Maclomolecules.
構造予測とMDシミュレーションを用いた酵素活性予測の実用例
はじめに
事業開発部の礒崎です。弊社では有用酵素探索の1つとして、分子動力学シミュレーションを用いた酵素活性予測を行っています。構造未知の酵素配列からその構造を予測し、標的化合物との複合体を分子動力学シミュレーションへ供します。その結果から、digzyme独自のスコアを算出し酵素活性を予測します。本ブログでは、その具体例としてthiolaseの1つoleAという酵素の類似配列から実際に活性をもつものを予測した結果をご紹介します。
酵素活性予測に使った材料
oleAの本来の基質はacyl-CoAです。このアシル基をoleAのCys143が脱離させます。この活性を調べる上で、p-nitrophenolateを用いた実験系が使われます(図1)。

結果
oleA類似配列59配列を対象にp-nitrophenolateの1種4-nitrophenyl-hexanoateを加水分解するか予測しました。
1.類似配列59配列の3次元構造予測
まずは類似配列59配列すべての構造が未知であるため、その3次元構造を予測し、予測した構造から活性残基の位置と基質が入るポケットの位置を予測しました。図2は類似配列の配列情報から予測した3次元構造および活性残基Cysの位置を示しています。図3が基質が結合するポケットの位置を予測した結果です。


2. 分子動力学シミュレーション
続いて、水分子とイオンの中に酵素と基質である4-nitrophenyl-hexanoateの複合体を配置して分子動力学シミュレーションを実行します(図4)。

3. digzyme独自酵素活性予測スコア算出
最後に分子動力学シミュレーションの結果から算出したdigzyme独自のスコアを計算します。図5にスコアが高い順に全59配列の予測スコアを記載しました。実証実験で活性があった配列をピンク色、活性がなかったものを灰色で表示しています。スコア70以上の配列を活性ありと判断しています(図5の赤線より上)。今回は9配列を活性ありと予測し、そのうち3配列が実際に活性を持っており、陽性適中率(PPV) = 0.30でした。また、真陽性率 (TPR) =0.6、偽陰性率 (FPR) =0.13という結果でした。このことから、不活性なものをランキング下位に分類できており、上位の配列に実際に活性のある配列を含んでいることが確認できました。

終わりに
本ブログでは、酵素活性予測技術を用いて、実験で活性が確認された酵素の活性予測を実演しました。通常実証実験を行う場合5~10配列を合成します。今回は上位5配列の中に実験で活性があった2配列が含まれており、弊社の酵素活性予測の精度が実用に適うものであると示されました。特に母集団の酵素配列のうち活性のあるものがわずかしか含まれていないようなケースを想定してデータを選びました(今回は59配列中5配列)。偽陰性率が低く抑えられているため、正しく酵素活性が予測できています。
謝辞
今回の酵素活性予測の材料として以下の論文から実証実験データを利用させていただきました。
Robinson et al., (2020) Machine learning-based prediction of activity and substrate specificity for OleA enzymes in the thiolase superfamily. Synthetic Biology.